熊本県人吉・球磨の市民グループ:通称「手渡す会」

豪雨災害の検証と「緑の流域治水」

 7.4球磨川豪雨災害を受け,2020年8月には「令和2年7月球磨川豪雨検証委員会」(以下,検証委)が設置されました。設置したのは、国交省と熊本県です。委員は九州地方整備局長,県知事,流域12市町村首長で構成され,8月と10月のわずか2回で終了しました。

 2020年10月15日からは「住民の皆様の御意見・御提案をお聴きする会」が開かれました。知事が現地を訪れましたが,直前の告知で平日日中を中心に各地区でわずか1~2回、1~2時間程度開かれたのみで、日常の暮らしと復旧とに追われ時間を捻出することすら難しい被災者にとっては、決して参加しやすいものではありませんでした。参加できないから延長してほしい、という意見も出しましたが、当初の予定通り11月3日まで実施するだけで、メールや手紙・電話などで追加の意見を出すよう求められることも、ありませんでした。
 被災者らからの意見を十分に聞いたとは言い難い状況のなか、流域市町村長や議会,学識経験者と県議会各会派からの意見聴取が行われました。そして、こうした手続きを経て、蒲島知事は11月19日,穴あきダム建設を前提とした治水対策を国に求めると表明しました。

 その後,流域治水協議会,河川整備基本方針検討小委員会,学識者懇談会等が開催されましたが,わずか2回で終了した検証委での議論がベースとなって、追加的な新たな検証というものは全くなされませんでした。

 では、どのような検証がなされたのかについても、確認しておきましょう。
検証委では,豪雨の概要や被害状況,浸水範囲と氾濫形態,洪水流量の推定,市房ダム等の洪水調節,仮に川辺川ダムが存在した場合の効果,初動対応等々の10項目が,検証の対象とされました。豪雨とそれに伴う被害の概況,市房ダムの効果と川辺川ダムが建設されていた場合の効果,氾濫のピーク時間や流量の推定に関する説明に多くの時間が割かれました。
 たとえば、第1回の検証委では、氾濫のおおよその形態は把握されたものの,個別具体の被害の発生や拡大のメカニズムは,高齢者や浸水エリアとの重なりに起因するといった一般論に終始しました。犠牲者は必ずしも浸水深の深い箇所に限らず,浅い箇所でも生じていたのです。にもかかわらず,何が命を奪ったのかは不問とされました。
 また,市房ダムや川辺川ダムがあった場合の効果は強調される一方で,瀬戸石ダムを含めたリスクに言及されることは皆無でした。こうしたことを受け、中流域をはじめとする被災した方々は,検証委の議論の偏りに対する抗議や公開質問状を繰り返し提出しています。しかしながら,市房ダムの緊急放流や,急峻な中流域に位置する瀬戸石ダムが障害物となり破壊力の強い流れを生んだ,などの流域住民の生命・財産に直結する人工構造物の弊害が議論されることは,一切ありませんでした。
 さらに,中流域では本流が溢れるよりはるかに早い時間帯に支流や谷沢が溢れ,崩れていました。特に山際の集落や家屋では,川よりも山からの濁流が凄まじかったのです。けれど,それらの原因や山の状況を探る議論は全く展開されませんでした。
 明らかになったことがある一方で,被災したのちもその場所に住み続けたいと思う被災者にとっては、その場所の何がリスクとなるのか、これまでに水が来なかったエリアにまで水が来たのはなぜだったのか、急激な水位上昇のメカニズムはどのようなものだったのか、全くわからないままでした。意見書のかたちで質問を出しても、質問の答えになっていない検証委の資料を示すだけで、究明しようとする姿勢は全く見られませんでした。

 第2回検証委では川辺川ダムがあれば人吉地点で流量4割,浸水面積6割がカットされたとのシミュレーションが示されました。ただ,計算の詳細な算出根拠およびその妥当性は示されず,河川工学者からも妥当とする声の一方,流量推定自体に疑問がある,という指摘もある始末でした。しかし蒲島知事は「全ての検証項目について,科学的・客観的な検証を行うことができた」と総括して、疑問は呈しませんでした。
 そして2020年11月19日,「命と環境を守る流水型ダム」を柱とした「緑の流域治水」を進めることを表明しました。
 「緑の流域治水」の中身を見ると、次のようなコンテンツからなっています。すなわち、河川整備にくわえ遊水地の活用や森林整備,避難体制の強化を進めて自然環境との共生を図る在り方で,具体的には市房ダムの活用,植林や間伐の促進と砂防堰堤等の整備,田んぼダムの整備,河道掘削,マイタイムライン作成等の促進,流水型ダムの建設、です。
 しかしながら、流水型ダムが環境への影響はないことを示す実証的な研究は皆無、というのが実情です。ダム推進の立場の研究者から示されている、理論上は環境負荷が少ないだろう、というものしかありません。
 にもかかわらず、2023年3月現在に至るまで、熊本県は地元紙1面を使った広告を打つなどして、「流水型ダムは環境にやさしい」と広報しています。
 被災者をはじめ流域住民や県内外の市民からは,緊急放流のリスクを不問にし「流水型ダムが環境に優しい」と県が広報することへの,抗議の声が上がっています。

 国交省と熊本県は、検証委はもちろんその後の被災者ら県民市民からの申入れに対しても、何がリスクとなり被害を拡大させたのか、そのメカニズムの解明に向けた探求を行おうとしていません。そのため、被災者自らが調査を余儀なくされています。
 手渡す会はこれまでに、2000枚以上の映像と300名以上の方からの証言を得て、どの地点でどのようなリスクがあったのか、その解明を進める取り組みを継続しています。

第1回流域治水シンポ(20210531) 手渡す会報告資料 調査は継続され、2022年5月末現在300名以上の方の証言あり


特別番組「豪雨 動き出したダム~決断の裏側で~」KAB熊本朝日放送 2020